私のサモアン家族・少年ユアサが可愛がっていた飼い犬、スノーウィが死んでしまった。
病気の野良犬がアチコチをうろつき、獣医の一軒とてない島だ。ここらの犬は長生きできぬ。
夕方、亡骸をタロイモ畑に埋めた時、少年ユアサは必死に涙をこらえていたのだ。 …いつかお別れすることは、ずっと知っていたんだよ、しょうがないことなんだ、と。
薄闇の中、みんなでスノーウィのお墓に土をかけ、野良犬に荒らされぬよう石や岩を敷き詰めた。
スノーウィは、少年ユアサが尊敬する兄・ノエラニが奨学金を受け、
この島を出てハワイの大学に進むことが決まった日に、
残された家族の悲しみを思いやった一家の大黒柱ビッグユアサが、森の中から拾ってきた子犬だった。
「真っ白で雪みたいだから、スノーウィと名前をつけたよ!南の島の雪だよ!」
笑顔の少年ユアサの腕の中で、ピンクの口を精一杯あけてミルクを欲しがっていた子犬が、スノーウィ。
家族に愛されスクスクと育ち、ようやく立派な成犬になったところで
この辺りの多くの野良犬が煩っている病に罹った。
そうしてなす術もない私たちの前でどんどん衰弱していき、眠るように死んでしまった。
スノーウィを埋めた翌朝、静かな雨音で目が覚めた。
明け方から降り始めた雨が、優しく部落を包んでいる。
港にはギッシリ雨雲がとどまって視界がきかないが、雲は薄いのだろう、
雨はかすかに透けてくる朝日に、銀色に輝きながら舞っている。
スノーウィや他の犬たちが眠るタロイモ畑が、私部屋から木々の間を通ってかすかに見える。
全ての上に優しく雨が降りそそぐのをボンヤリ見ていたら…
雨に煙る中、人影が浮かんできた。
丸くうずくまるその人影は、少年ユアサのものだった。
1人で、スノーウィのお墓の前で泣いているようだ。
段下の彼の家の前では、母親のリアさん…リア母ちゃんが、タロイモ畑の方を見ていた。
少年ユアサからは見えない角度から、泣いている彼を見守っているようだった。
少年ユアサの気が済むまで、ああやって待っているんだろう、あの母ちゃんは。
雨の中、一緒に泣いているのかもしれない…あの母ちゃんのことだから…。
とても壊れやすい宝物のように見えて、
とにかくここは、ギュっと頑張って二人をそっとしておくことにする。
しかしこんな朝の優しい雨に抱かれていると、
サラサラと、いっそ心地よいように涙が出てくる気持ちはよくわかる。
まるで体の中の水分と、地球の水分が共鳴するかのように…。
こういう涙は、流すに任せれば意外に早く気が済むものだ。
そしてやがて遠くから、ひたひたと水が満ちてくるように、
もう届かないと思うほど引いてしまったような力が戻ってくる。
まるで潮が満ちてくるように。だから、気が済むまでは、思う存分泣いたらいい。
少年ユアサはひとしきり泣いたあと、
そこら辺の雑木を大ナタで切り倒し蹴飛ばしながら、
学校へ行く準備をしに家に戻っていった。
がんばれユアサ。
いろんなこと、いろんな気持ちをいっぱい経験して、強くなれ。
感情を味方にできるか、感情に翻弄されるかは、持ち主である自分の強さ次第。
…いや、君は十分強いんだ。きっと私なんかよりも、君は元々、ずうっと強い。
しばらくして、
タロイモ畑の向こうのウム(サモアの伝統料理・蒸し焼きをする場所)が香ばしい煙をたてはじめた。
私が用事を済ませて戻ってくると、
リア母ちゃんがウムに座って、アチチ、アチチと完成品を取り出しているところだった。
山のように出てくる、出てくる…あれは少年ユアサの好物、「パ・ア パ・ア」というサモアのお菓子。
小麦粉と砂糖、ココナッツクリームとふくらし粉を練ったものを、
タロイモの葉で丁寧に包んでじっくり石焼きした、サモアンのお気に入りのお菓子の一つである。
大きさは文庫本程度…ボッテリと厚くて重く、タロイモの葉に触れていた部分は、
色よく焼けて、ツヤツヤしている。
リア母ちゃんは焼けた葉をむき捨てながら、私にも「パ・ア パ・ア」を持ってきてくれた。
実にドッシリとした愛情そのものなんだろう、きっと、この重さも、甘みも。
リア母ちゃんは、そして、
「悲しいときはおなかいっぱいにするに限るね、おいしい、おいしい、ってたくさん言って食べると、
いいこともあるさって思えるもんね」と笑って、貴重なお菓子「パ・ア パ・ア」を割りながら、
犬たちのお墓にも置きに行った。
午後の太陽が強烈になり空の青がものすごく濃くなったころ、
少年ユアサが学校から帰ってきたのが、窓越しに見えた。
リア母ちゃんは、後ろ手に「パ・ア パ・ア」を隠して外で出迎えている。
嬉しそうな顔が隠し切れないリア母ちゃん、母の様子をいぶかしがる少年ユアサ。
母ちゃんはたっぷりじらしてから、
実に嬉しそうに、そして誇らしげに、「パ・ア パ・ア」をユアサの手に乗せた。
あ、少年ユアサの顔に、笑顔がはじけた。
そこで私は、どっと予期せぬ涙にくれた。
悲しいのではなくて、なんだかあったかくて、懐かしくて、せつなくて、
むしろ嬉しいような、言葉に収まらないようないろんなキラキラが
涙になって噴出した…とでも言っておこうか、
なんだなんだ、どうしちゃったんだと思いながらも
ここで泣くつもりなど毛頭なかったので、
慌てて残りの「パ・ア パ・ア」を口に押し込んだ。
難しいカラクリはいらぬ。
生きていく上で「力」と呼べるものがあるのなら、
ああいう愛に育まれていくものかもしれない、とフと思う。
人は一人の涙で強くなり、みんなの笑顔でしあわせになるものだろう。
 Misako(C) Fagatogo, American Samoa
長男・ノエラニの高校の卒業式。
ここではお祝いのレイはお花でなく、お菓子です。
レイの多さが人気度を語るとか。
成績優秀、授業態度優良とたくさんトロフィーをもらい
なおかつレイに埋もれそうな人気者・ノエラニ兄さんを慕い、
尊敬する少年ユアサ。
そして家族の一員になったばかりのころの、スノーウィ。
いつでも少年ユアサの腕の中にいました。
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