 Misako(C) Honolulu, Hawaii
ぼくらはそこに すんでいる
金も銀も なーんにもないが
ぼくらはちっとも 気にしない
あなたは やさしく あたたかい
あけぼの近く よせ波ひびく
浜辺にあなたの 声をきく
あなたをたたえる 声をきく
あなたをたたえる 声をきく
ツバル大使館HPより
| モイは、南太平洋に浮かぶ海抜の低い島々…ツバル諸島のどこかの島からやってきたということだ。
モイの家族は、代々漁りを生活の糧にしていたそうだが、島は地球温暖化の影響を受け
波による侵食が加速して浜が流され、故郷での仕事は続けられなくなった。
モイはもともと働き者で気立てもよく、人が嫌がるきつい仕事でも、彼にとっては苦ではなかった。
やがてマグロ漁船に職を見つけ、荷卸をする船と共にツナ缶の工場があるこの島、米領サモア・ツツイラ島へやってきた。
モイは、見上げるほどの体躯の持ち主、屈強なポリネジアンの若者。
褐色の肌、黒い髪、彫りの深い表情…近寄りがたい、威厳のある風貌だったが、
彼の笑顔は、まさに「こぼれる」という表現がピッタリで、周りのみんなの頬も緩んだ。
ニコニコと過酷な労働をこなし、しかもたいそうな力持ちなので、
「モイが1人いると、航海がとてもラクになるんだよ。ありがたいことだよ」
近所に住む漁船乗組員のフィリピーノさんは言っていた。
船が港に着くたびに、この家族はモイを招待しては食事を共にし、旅の労をねぎらっていた。
風の気持ちよい夕方、私は家周りの落ち葉を掃いていた。
向かいの山の斜面をフラリと下りてきたモイが私に気がつき、立ち止まって手を振った。
私が手を振り返すと、雨上がりの緑を背負ったモイは、いつもの、あの笑顔をほころばせた。
「来週船が出るから、今夜はお酒を飲みにいくんだよう」
「ああ、そうなんだ。おいしいお酒飲んで、良い旅をね。大漁になるよう祈っているよ」
モイのこの島での唯一の楽しみは、出航前にバーで飲む冷たいビールだそうだ。
仲良しのフィリピーノ家族にご馳走になった後、自分へのご褒美のために1人でバーに向かうのだという。
「俺ねえ、最近、彼女できたんだもんね」
…Tシャツと膝丈で切ったGパン、ビーチサンダル。
ここらの人の標準着みたいなものだが、なるほど、彼女ができたと言われれば
Tシャツはヘタレてはおらず、Gパンはまだ藍色をしており、髪の毛には油がなでつけてあるようだった。
「あーら、いいねーえ、嬉しいねぇ。モイは、ハッピーだ」
「えへへへへー。そうだよ、ハッピーだよぉ」
モイはこぼれる笑顔をさらに輝かせながら、そこに咲いていた朱赤のハイビスカスを一輪手折って香りを嗅ぎ、
そのまま花をもてあそびながら、てくてくと坂道を下っていった。
…それが、最後の見送りになった。
モイはその夜、バーで大好きなビールを飲んでいるときに、
後ろからアタマを固い物で殴られ、あっけなく「帰らぬ人」となってしまった。
どうして後ろから…?
ケンカになったとしたって、そんなの卑怯じゃないか。
いや、あのモイがケンカなんかするか?
だいたいサモアンの中には、人種差別を趣味にしているようなヤツもいるから…
評判になっている"不良サモアン"とやらに、随分イヤなことを言われたんじゃないのか?
…暗がりは、こんな小さな港町にもあるものだ。
仲良しだった乗組員仲間やその家族がやりきれぬ怒りに身を焼いていた時、
モイの父親と弟が、ひょっこりと彼らの家へ訪ねて来たそうだ。
かける言葉も見つからず戸惑う人々を前に、老いたお父さんは言ったのだそうだ。
「私の息子は、『故郷は失ったけれど、良い人たちと出会い、みんなに喜ばれて仕事をしている』と、
いつも嬉しそうに自慢していた。
だから私は、彼にかわって一言、お礼を言うためにきたのだ、
みんなの記憶からモイが消えてしまう前に、どうしても伝えておきたかったのだ」と…。
悲しみというものは、怒りや恨みに転化せずに
そのままの悲しみとして受け入れようとする時には、深い痛みを伴うものだ。
しかしモイの家族はその深い深い痛みを感謝で包み、まるごと受け入れようとしているようだった。
そこに居合わせた全員が、今まで翻弄されていた怒りから解き放たれるように我に返ったという。
そしてあらためて押し寄せてくる深い悲しみに、みんなで涙にくれたそうである。
老父はその家族がモイによくしてくれたことへのお礼を繰り返し、
やがて、モイの弟にかつがれるようにして、帰っていったのだそうだ。
坂道を下るとき、老父が最後に振り返って見せてくれた笑顔は、
まさしく、モイのあの、こぼれんばかりの笑顔であったということだった。
モイ、どうかゆっくり休んでね。
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